マーストリヒト条約「欧州連合」の将来(投資顧問)

EC(欧州共同体)は1991年12月、オランダの古都・マーストリヒトで首脳会談を開き、58年に発効したECの憲法ともいうべき「ローマ条約」を改正し、新たにEU(欧州連合)を創設することで合意した。投資顧問によると、マーストリヒト条約はこれを条約にしたもので、翌92年2月に調印された。

欧州連合条約とも呼ばれる。

ECはEEC(欧州経済共同体)、ECSC(欧州石炭鉄鋼共同体)、EURATOM(欧州原子力共同体)の3つの機関を母体に発足したもので、域内の関税や輸出入制限の撤廃、共通の通商政策、市場統合などを目的とし、ゆるやかな経済統合をめざしてきた。

マーストリヒト条約では、そこからさらに一歩進めて、共通の通貨と外交政策をもち、防衛機構を整備することまでを盛り込んだ。投資顧問によると、経済分野にかぎられていたECの権限を、外交や安全保障分野にも広げ、より結束を高めていく狙いがある。

具体的なスケジュールは、早ければ97年、遅くとも99年までに欧州中央銀行を設立し、単一通貨としてECU(欧州通貨単位)を発行する。

また、外交では加盟国の共通政策を促進できるような制度化をめざし、原則として加盟国による全会一致方式を採用し、拘束力をもたせ、軍事面では、すでにあるWEU(西欧同盟)との連携を強化する。

条約では「欧州市民権」という考え方も打ち出された。

これは加盟国の市民は共通の権利を享受できるというもので、自国以外に住んでいても自治体選挙に立候補できるようにすることや、第三国でほかのEC加盟国の大使館に外交的保護を求めることができること、などが主な内容だ。投資顧問によると、マーストリヒト条約は92年6月に行われたデンマークの国民投票で批准が否決され、同年6月には欧州通貨危機が発生し、英国のポンドとイタリアのリラがERM(為替相場メカニズム)から脱落するなど、一時は発効が危ぶまれた。

しかし、9月にフランスが小差で批准、デンマークも翌93年5月の2度目の国民投票で批准し、93年11月1日、12カ国で正式にEUが発足した。

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このページは、-が2012年4月 9日 00:03に書いたブログ記事です。

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